順番が変わってしまいましたが・・・
前回の続きです
闇堕ちした私は
激しく感情が剥き出しになり叫んでいました

無意識の内に
台所の包丁を手にとっていました
自分が自分で無い感じでした

居間に行くと
観音様を頭から真っ二つに叩き割り
神棚も切りつけ壊しました
そんな事をする気は無いのに
止められません・・・
もう自分の身体は誰かに操られていました
飼い猫は
そんな私の異常さを感じてか
ガラス窓を割って逃げ出しました
『皆殺してやる!』
真っ先に浮かんだのは中学校でした
うおぉ・・と叫びながら
外に裸足で飛び出ると
何故か6人くらいの修行僧や僧侶が・・・

太いロープで編んだ網を投げ掛けられ
頭を何かで殴られた感じで気を失いました
(実際は数珠で頭を撫でられただけとか・・・)
後で聞いた話では近所の人に
『憑き物がついている』と
説明して連れ去ったそうです
近所の人は
ほとんどヤクザ者で
気性の激しい人達でしたが
それを上回るほどの迫力のある
僧侶と修行僧の集団だったらしいのです

霊媒師(霊能力者)さんに聞いたのですが
普段は一個人に関わらない大きな組織の方達とか・・・
私のお姉さんにあたる水子さまが
何度も何度も地蔵菩薩さまに懇願してくれたとか・・・
(※私の目を見えなくした水子さまではありません)
ほんと上のお姉さんを含め
色々な神さまに
お世話になりっぱなしです
何処かで恩返しせねばと思います
私はと言うと
場所を教えて貰えず終いだったのですが
山中深くの立派な神社らしき所でした
ただ敷地内にヘリポートがあり
凄く景観と違和感がありました
『もう大丈夫やよ』
そう言われたのですが
縛られて寝転ばされたままでした

『大変だったやね』と
違う僧侶に数珠で頭を撫でられた途端
また意識が飛びました
次に気づいた時には
自分の家の・・・
観音様の前でした
叩き割ったはずの観音様が元通りです
ですがよく見ると
前の観音様と違って
二倍近い大きさでした(汗)
はっと周りを見渡しました
神棚も元通り・・・
ですが
凄く豪華になっていました
飼い猫が割ったガラスも
新品に入れ換えられて・・・
色が違うのでわかりました
一体誰が・・・
結局分からず
請求もくるわけでもなく・・・
霊媒師さんに教えて貰うまで
真相が分かりませんでした
『あの時のお礼はどうしたら・・・』
『一般の人が会えない立ち入れない所の方達だから・・・』
『感謝なら水子さまや地蔵菩薩さまに言いなさい』と叱られました
不思議な事はあるものです
そして
あの方達へのお礼は
竜神さまが払ってくれたとか・・・

もう少しで
私は闇にとらわれ
あの灰ヶ峰の悪霊の思惑通りに・・・
日本でも類をみない大量殺人犯になっていたそうです
貴方の周りにもいませんか?
闇堕ち寸前の人が近くにいるかもしれません
※画像はフリー写真素材【写真AC】【イラストAC】より
イメージ画像として使用しています


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これは私が中学三年生の時の話しです
中学一年生の時に
野球部の監督が放課後
連続で三時間も
うさぎ飛びを強要したおかげで
ヘルニア・両脚の関節炎による
激痛に悩まされていました

広島県呉市の〇〇中学校を知っている人は
分かると思いますが
校門前は急坂なんです
そんな急坂を
下りる時はダッシュで
上る時は
うさぎ飛びを放課後は三時間
土日は一日中強要されました

同級生に監督の息子はいましたが
彼は一切
うさぎ飛びをしませんでした
ビッチング練習するのみです
2年後くらいでしょうか?
聞いた話しでは
リトルリーグ潰しとか・・・
(後から先輩に聞きました・・・)
力量のある者を取り除いて
自分の息子を
主力メンバーにしたかったみたいなのです
そんな感じでしたので
地区大会にも出場すらできず・・・
結果は残せなかったみたいですが
そんな監督に虐げられて
中学一年生に
ヘルニアと両脚の関節炎を発症し
身長は166cmで
ストッブしてしまいました
それまでは一年間に
9cm伸びていました
これだけでも相当なストレスだったのに
更に苦痛を受ける事がありました

ヘルニアと両脚の関節炎で
激しい運動ができません
中学二年生・三年生と
体育の授業の時に
見学でしたが
身体障害者の身の回りの世話や
補助をさせられたのです
私の治りが遅かったのも
悪化していったのも
体育の授業のせいだと
今の大学病院で驚かれながら
聞かされました
完治できない状況に
置かれていたと思います
体育のY先生に何度言っても
『甘えている』と言われるだけ・・・
職員室で大きな声で叱責され
目の前に教頭先生や
他の先生が沢山いましたが
冷ややかな笑いをするだけでした
ヘルニアと両脚の関節炎の痛みは
なった者しか分かりません
非情としか感じませんでした
やはり健康診断の成長記録に
赤い斜線がある者は蔑まれるのかと実感しました
身体的苦痛だけでなく
更に精神的苦痛もありました
これだけでも
心が裂けそうなのに
もっと酷い仕打ちが・・・
身体障害者の同級生が1つも感謝しない
当たり前と考えた言動をするのです
当時を振り返っても
こちらも身体が限界でした
あの体育のY教師が言うように
甘えではありません
痛いだけでなく
本当に動かなかったのです
身体障害者に比べれば・・・
と言う方もいるでしょう
ですが
当時の私の身体は右も左も動かすのに
激痛が伴っていました
運動マットを用意する
跳び箱の出し入れ
体育館の行き返りに肩を貸す・・・
一つ一つの動作が激痛でした
しかも家は学区内の
一番外れに住んでいて
松葉杖つきながらの登校・・・
バスさえも利用させて貰えない家庭環境も
最悪な状況になっていく原因でした
私は弱音を吐く人間ではありません
ですが
相談しても
あの体育のY教師に
大きな声で叱責され恥をかくだけ・・・

担任も無気力なお爺ちゃん先生で
力にもなってくれません
(卒業後の翌年亡くなりました)
闇に堕ちそうでした
あの人達を殺していこうかな
毎日毎日ヤバそうな考えが浮かんできます
必死に必死に抗いました
観音様や阿弥陀如来様に
経文を唱えては救いを求めました
そのおかげか
人であり続けられました
そんな中
私を闇堕ちさせる事が起きたのです
当時の
広島県呉市の進学制度を知る者なら
分かると思いますが
家庭科・体育の内申点が
高校進学時に三倍の評価点になるのです
特に中学三年生は内申点が
高校進学時に響くので重要でした
それなのに
今まで体育の成績は5段階で5だったのに
3でした
そして身体障害者の彼は
4から5になったと喜んでいるのです
体育のY教師に尋ねると
『他にも困ってる奴いるから』
『別に進学しなくていいじゃん』
『母子家庭でしょ』と平然と大きな声で
職員室で言うのです

この時も
教頭先生や他にも沢山の教師がいましたが
誰も咎めないばかりか笑っているのです
これが高校入試結果の
全てではないと理解出来ますが
入試の自己採点を何度もしましたが
選抜高校目指す他の同級生達と同じ点数でした
そのくらい高得点でしたが
家庭科・体育科の内申点が
3倍に評価されるのは私にとって
大きなハンデだったと思います
選抜高校に落ちた悔しさで涙まみれでした
必死に必死に
観音様と阿弥陀如来様に経文を唱えて
心を平常心に保とうとしました
そんな時に
黒電話が鳴ったのです
補欠合格の電話だと一瞬思いました
受話器をとると
一緒に選抜高校を受けた同級生の男子からでした
『俺・・・補欠合格の電話あったで?』
彼は私が不合格になっているのを
知っているのに電話してきたのです
この時
私は初めての闇堕ちをしたのです

どうして闇堕ちから抜け出れたのか・・・
別の記事にアップしようと思います
※画像はフリー写真素材【写真AC】【イラストAC】より
イメージ画像として使用しています


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