これは27年くらい前の話です
長男の誕生と同時に
しっかり稼いで働こうと
愛知県の某市の研磨工場に働く事になりました
小さな研磨工場でしたが
人生再出発で
意気満々の私には充分すぎるほどでした
一ヶ月半が過ぎた頃でしょうか
仕事をしていると
ある社員が回転する研磨機の
すぐ近くで作業しろと言うのです
私は危ないので断りました

その人の後ろには
複数の影が見えたからです・・・
そんな時です
周りや役職者から
『びびるな!』
『怖がってんじゃねーよ!』と
罵声を飛ばされました
嫌々ながら
その人が操作する大型の
手持ちグラインダーに取り付けた研磨機の横で
作業する事になったのです
手がぶれれば
金属を火花散らして研磨する回転体に当たります
わずか数10cmの横です
不安しかありませんでした
しばらくして
不安は的中しました
『おっと!手が滑った』と
その研磨機を私にぶつけてきたのです

武道していたおかげか
とっさに避けれたのですが
左目付近に
ギャリギャリと当たったのです
避け方が上手かったのか傷は
軽傷で済んだのですが
左目付近の皮膚は削られ出血し
大きなアザとなって残りました

衝撃で
頭がくらくらしていました
意識が朦朧としました
それでも
救急車すら呼んでくれません
労災が怖いみたいでした
フラフラしていましたが
その後も仕事を強要されました
その場にいる全ての者が
『そのくらいで・・・』
『大袈裟すぎるんだよ』
と罵るだけでした
しかも
ぶつけた本人はヘラヘラ・・・
謝罪すらありません
酔っていると確信しました
もう少しで
目の付近がえぐられる重大事故でした
こっちが必死に避けたおかげで
最悪の事態を免れたのに
何という最低な工場でしょうか
そんな風に思っていると
一本の電話が・・・
それは病院からでした
あの私に怪我を負わせたあの人あてに
妻から電話があったみたいでした
電話に替わった途端
大声を張り上げて泣き叫びました
どうやら子供が治癒方法が無く
致死率の高い筋肉の病気らしいのです
同じ子供を持つ身・・・
かわいそうだなと見ていたら
影がはっきりと女性に見えたのです
しかも二人・・・
二人の若い女性は
憎しみを持った含み笑いをして
物凄く気色悪いものを感じました
それから二週間
ずっと頭の痛みは消えません
真っ直ぐ歩けないのです

重度の脳震盪のようでした
顔も激しくアザが残り
やくざの鉄砲玉みたいな風貌みたいになり
すれ違う人からは忌み嫌われる感じでした
そんな日の事です
役職者と研磨作業していると
恐ろしい事が起こりました
800kg近い金属をクレーンで吊り上げ
手作業で研磨していました
すると工場の出入り口から
他の従業員と一緒に
あの女性が入ってきたのです
一人でしたが明らかに悪意を持った顔でした
『困ったなぁ・・・』
私の近くまで来て
顔を覗きこんでいるのです
無視をずっと続けていると
中腰の姿勢だったのですが
太ももに激痛が走り
立ち上がって見ると
あの女性が太ももに腕を差し込んでいました
次の瞬間
目の前にぶら下がっていたクレーンのリモコンが私の元に
まるで投げつけたみたいに飛んできました
バン!と私の手に当たった瞬間
クレーンが動き
吊り上げていた金属が
私の足に落ちました
グシャ・・・
激しい痛みに襲われました

すると社長が騒動を聞きつけ
慌てて来たのですが
社長の後ろに黒い影が6体も・・・
これが原因なのかと思いました
そして
案の定
労災事故にしたくない工場は
救急車を呼んでくれませんでした
今にも潰れそうな個人病院に連れて行かれ
ただ包帯を巻くだけの処置
『血が止まらないと何もできない・・・』
粉砕骨折で半分に切れて
足はグチャグチャでした
工場の古株の人が
『労災にしないでくれ』と
5万くらい渡しているのが見えました
それから自宅待機というか
足の傷が塞がらず
血が出すぎてフラフラしていました
二週間くらい経った時
給料日(先月分)だったのですが
社長の娘が怖そうな人を二人連れて来て
手渡してくれたのですが
『来月は支払わないから・・・』
『いて貰うと困るんですがね』
後ろの男達がチンピラみたいに
肩を動かしながら威嚇してきました

こんな状況で何処へ・・・
妻方の義母に頼ろうとすると
それ見よと言わんばかりに
子機の電池が切れるまで
何時間も責め立てていました
労働基準監督署にも相談しましたが
向こうが先手を打ったみたいで
取り合ってくれませんでした
行政にも
何度も泣きつきましたが
話しも聞きません・・・
孤立無援というか
絶望感しか感じませんでした
顔に大きなアザ・・・
足から血を出してまともに歩行ができない
こんな私に誰も救いの手を
差し出してくれませんでした
行く所が全く無いのです
工場に相談すると
見た事が無い現職のやくざだと名乗る者が来て
誓約書に判をつけ
拇印を押せと迫るのです
テーブルの上には
ドスみたいな包丁が・・・
『警察に頼っても無駄だからな』
家族の身を案じて
言うことを利くしかありません
あと一週間しか
社宅にいられません
妻に何度も別れようと
泣きながら言いました
妻はそれでも着いてくると
言い張りました
家財道具を売るしか手がありませんでした
名古屋中心に質屋を展開する業者に
電話見積もりを依頼すると
90万の未使用の着物3千円
20万の鏡台が500円
『他はもっと安い』
『交通費かかっているんだよ』
まだ購入して半年くらいの
総額300万の物品を売って9千円でした
どいつもこいつも
チンビラだらけでした

それでも妻は
納得し9千円を手にしたのです
明朗な見積もりといいながら
これでした
東海地区では
この先もひとつも
良い思い出がありませんでした
字数が多くなったので
この後の追い込まれた逃亡生活・・・
別にアップしようと思います
※画像はフリー写真素材
【写真AC】【イラストAC】
【Pixabay】より
イメージ画像として使用しています


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これは私がいきなり
糖尿病で倒れた時の話しです
今から15年くらい前の話です
大手工場で働いていたのですが
妻の母親が工場に悪戯&脅迫電話をかけ
一発で工場をクビになりました

何度も謝罪したのですが
『ただの人材派遣会社の分際で・・・』と
相手にもされませんでした
『これ以上キチ〇イみたいな電話すると警察だから』
パソコンから流れる
録音された義母の脅し文句が
総務課で響き渡りました
もう何も言えませんでした・・・
ですが
工場内で一番作業が早かったせいか
松阪市の同系列の子会社工場に
人材派遣会社から紹介されました
その工場は人がよく辞める
大量首切りで
よい噂がありませんでしたが
子供五人抱えた身・・・
選んでいる場合ではありません
働こうと工場に行くと
その日から三時間残業・・・
明日からは
早出二時間
残業三時間の過酷な勤務でした
仕事は楽だったのですが交通費が全くなく・・・
(始発電車でも間に合わない時間帯でした)
久居から松阪市まで
自転車で通うというハードなものでした
(※1時間30分くらいかかりました)

自転車もよくパンクをし
暗闇の中
パンク修理を何度もしました
工場の上司にあたる班長は女性でしたが
妊娠しているとか・・・
同じ班にも
もう一人女性がいたのですが
その女性も妊娠していました

しかも二人とも
もうすぐ出産というのです
同じ時期に?
不思議でした
次第に
驚く事がわかってきました
社内結婚みたいで
二人の旦那さんは
役職でした
しかも女性は二十代なのに
役職二人は五十代・・・
出産予定日と
結婚時期が全くあいません
人の話しだと
しぶしぶ結婚したそうです
詳しく聞きたくなかったのですが
他の従業員の人が教えてくれました
そもそも何故
出来ちゃった結婚なのか
それは会社の飲み会で
障害者の特別雇用で働く女性に対して
飲み物に
睡眠薬やら媚薬やら混ぜたらしいのです

他に被害者の女性は
もう一人いたのですが
妊娠発覚時に
自殺未遂を起こし入院したとか・・・
この女性に
性的関係を持った役職者は
逮捕されたのですが・・・
逮捕を恐れた
他の二人は強引に結婚を約束し
免れたとか
工場側も
家族の批判をそらす為に
リーダーや班長にしたのだという
障害者でリーダーや班長になるのは
異例の出世だと強調して
家族を黙らせたとか・・・
だが職場内では不満が起き
反発した五十代の社員
しかも
勤続三十年以上のベテランを三人も解雇し
他にも見せしめで二人解雇したという

人手が足りなくなったのも
これが原因という・・・
勤続三十年のベテラン社員三人の代わりに
人材派遣二人でカバーしろというのだから
無茶苦茶である
一日五時間残業しても
二人程度では賄えるはずがありませんでした
土日も休日出勤を強要されました
『お前金が欲しいんだろ?』
地獄の様な日が続いた
三週間が過ぎた頃でしょうか
体調崩して
三週間休んでいた違う人材派遣の者が
復帰しました
その者を見て驚きました
広島県呉市の従弟だったのです
なんという奇遇だろうか・・・
彼は
私の姿を見て叫びながら逃げてしまいました
職場から逃げ出し
人材派遣の寮にも戻らなかったという
『ここの“円”から出るな』と言われました
足元には丸い円のビニールテープが・・・
寝ているのか?
仕事が遅いと顔をカメラで録画され続けられました
所持金が無いので
昼は握り飯1個と水筒のお茶だけ
休憩室は社員のみで
椅子も用意されませんでした
(※邪魔になるとか・・・)
工場の床に座るしかありません
帰っても
妻は育児の不満を漏らし
寝させてくれませんでした
仕方の無い事ですが
私の疲労は溜まり続けました
そんな時
不良品が出ていると検査から
苦情が続出しました
私はおかしいと
強く班長・主任に申し出て
5年間不良品を出した事がない
班長と作業完了品を交換しました
すると
『不良品がまた出た!』と苦情を受け
会社の幹部が調べだしました
他の人材派遣会社の者が
ここぞとばかり人材派遣会社の指示を受け
完成部品に細工していたと判明しました

すると私は安心したのか
疲れの限界がきたのか
その3日後に倒れました
『面倒だな・・・』
『救急車呼ぶ?』
『早く帰らせろ!』
記憶がわずかに残っている状況でした
凄く迷惑そうに言っている工場関係者の言葉が
聞こえていました
この時
後で知ったのですが
HbA1cは15.6で
血糖値は計測不能でした
字数が多くなったので
続きは次回にしようと思います
※画像はフリー写真素材
【写真AC】【イラストAC】より
イメージ画像として使用しています


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